小型船舶操縦者の発航前検査について
小型船舶操縦者(船長)の遵守事項のひとつに、「発航前検査の義務」がありますが、海難事故の約30%は発航前検査の不足による海難とされています。
令和4年4月23日に知床で発生した海難事故では多くの尊い命が失われましたが、この事故に限らず、近年は恐らく防げたであろう小型船舶による痛ましい事故が増加傾向にあります。
そこで本稿では、船舶の危険性と発航前検査の重要性を改めて認識していただくため、船舶職員及び小型船舶操縦者法(船舶職員法)に基づく発航前検査について、詳しく解説していきたいと思います。
小型船舶操縦者の遵守事項について
目 次
小型船舶操縦者の遵守事項
小型船舶操縦者(船長)には、自動車のドライバーと同様に、次のような遵守事項が科されています。
1 小型船舶操縦者は、飲酒、薬物の影響その他の理由により正常な操縦ができないおそれがある状態で小型船舶を操縦し、又は当該状態の者に小型船舶を操縦させてはならない。
2 小型船舶操縦者は、小型船舶が港を出入するとき、小型船舶が狭い水路を通過するときその他の小型船舶に危険のおそれがあるときとして国土交通省令で定めるときは、自らその小型船舶を操縦しなければならない。ただし、乗船基準において必要とされる資格に係る操縦免許証を受有する小型船舶操縦士が操縦する場合その他の国土交通省令で定める場合は、この限りでない。
3 小型船舶操縦者は、衝突その他の危険を生じさせる速力で小型船舶を遊泳者に接近させる操縦その他の人の生命、身体又は財産に対する危険を生じさせるおそれがある操縦として国土交通省令で定める方法で、小型船舶を操縦し、又は他の者に小型船舶を操縦させてはならない。
4 小型船舶操縦者は、小型船舶に乗船している者が船外に転落するおそれがある場合として国土交通省令で定める場合には、船外への転落に備えるためにその者に救命胴衣を着用させることその他の国土交通省令で定める必要な措置を講じなければならない。
5 小型船舶操縦者は、発航前の検査、適切な見張りの実施その他の小型船舶の航行の安全を図るために必要なものとして国土交通省令で定める事項を遵守しなければならない。
(船舶職員法第23条の36)
ちなみに(大型)船舶と小型船舶の違いは、一般にはあまり伝わりにくい「総トン数」という指標により決します。総トン数20トン以上が「大型船舶」、20トン未満が「小型船舶」にカテゴライズされますが、測度(測量)方法が特殊なため、「え、これが小型船舶?」だとか、逆に「この長さで大型?」というような混乱が生じます。たとえば知床で海難事故を起こした船舶には25人が乗り組んでいたようですが、総トン数20トン未満のため当該船舶は小型船舶に該当します。本稿ではこの大きさの船舶を想定して記述していますので、あらかじめご承知おきいただくようお願いいたします。
発航前検査
上記のとおり、小型船舶操縦者(船長)は、発航前の検査、適切な見張りの実施その他の小型船舶の航行の安全を図るために必要なものとして国土交通省令(船舶職員及び小型船舶操縦者法施行規則)で定める事項を遵守しなければならないものとされています。
船舶職員及び小型船舶操縦者法施行規則では、さらにこの発航前検査について、実施すべき事項を明確に示しています。(当該検査の結果に基づく小型船舶の航行の安全を図るために必要な措置を講ずることを含む。)
- 燃料及び潤滑油の量の点検
- 船体、機関及び救命設備その他の設備の点検
- 気象情報、水路情報その他の情報の収集
- その他小型船舶の安全な航行に必要な準備が整っているかについての検査
このほか、常時適切な見張りを確保することや、操縦する小型船舶が衝突したとき又はその小型船舶に急迫した危険があるときは、人命の救助に必要な手段を尽くすこと(自己に急迫した危険があるときを除く)といった義務も科されています。
点検方法
点検方法については、国土交通大省及び海上保安庁がチェックリストを公開しています。具体的な点検方法についても紹介してくれているので、以下でしっかりと確認するようにしてください。
この点検は、公的機関に委託しその証明を必要とする性質の手続きではありません。あくまでも各小型船舶操縦者が発航のつど点検すべき事項です。この点は自動車と同様ですが、形骸化してしまわないよう今いち度しっかりと把握するようにしてください。
船体の点検
燃料の点検
冷却水の点検
潤滑油の点検
電気系統の点検
その他の点検
出航の判断基準
発航前検査の概要について説明しましたが、それでは気象や水路の状況を確認後、出航の可否は誰がどのようにして判断するのでしょうか?
こちらに関しては、実は各事業者が独自に定める規準により判断が行なわれています。遊漁船にしろ遊覧船にしろ、営業許可申請や届出を行う際には出航中止基準や事故発生時の対処方法を記載した業務規程を作成し行政官庁に提出しています。標準的な業務規程が公開されており、この標準に満たない業務規程は受付がされないため最低限の基準は担保されているのですが、規定そのものは独自基準であることから、最終的には各事業者の判断に委ねられていることになります。
このため実務上は、水域を共有する近隣の同業者間で協議して擦り合せを行い、出航中止基準を統一する協定を締結するといったことも行われています。
★ポイント
出航の判断は各事業者が定める業務規程による
海上運送事業について
遊漁船業について
まとめ
水域は陸上にはない危険をはらんでいます。そのため特殊な海事法令が存在し、水域の安全性向上が図られています。その一方で、日常的な船舶の管理や最終的な出航判断は船舶所有者や事業者に委ねられているため、自己の利益や様々な思惑が絡んで遵守すべき事項がおざなりになっていることがあるのも否めない事実であるように思います。
今いち度水域の危険性をかえりみて、船舶の安全性強化に努めることを強くお薦めいたします。弊所でも業務規程の見直し等のサポートを実施していますので、どうぞご遠慮なくご相談ください。