船員の就業規則からみる船員労働の特殊性

辞典

海事関連法令は、陸上における法令とはまったく異なる体系で運用されており、特に船員法という船舶乗組員について定めた法律においては、その傾向を色濃く反映した仕組みが採用されています。

この船員法、条文を読み込んでいくと、海事独特の世界観を垣間見ることが出来るので、個人的には非常に興味深い法令であるように思います。

そこで今回は、船員就業規則を引き合いにして陸上労働者との対比をしながら、船員の労働者としての側面や、その特殊性についてお伝えしていこうと思います。なお、本稿と併せて当サイト屈指の人気記事である以下の記事をご覧いただけると、より親近感を覚えていただける内容となっております。

船員とは

労働に関する基準は労働基準法により規定されていますが、こと船員の労働に関しては、労働基準法のごく一部が適用されるにとどまり、その大部分が船員法によって規定されています。

海や川などの水域で船舶に乗り組んで働く人のすべてが船員とみなされるわけではなく、例えば総トン数5トン未満の小型船舶に乗り組む乗組員や、船舶の修理業者、沿岸での荷下ろし担当者、オペレーターなどの事務職員等については、商船会社に雇用されている場合であっても船員とはみなされません。

船舶所有者とは

船舶所有者とは、船舶において労務の提供を受けるために船員を使用する者のことを指します。労働基準法でいうところの「使用者」に相当しますが、必ずしも船舶の実際の所有者(船主)と一致するわけではありません。

船員就業規則とは

就業規則とは、労働者が労働する上で遵守しなければならない事項を規律し、保護されるべき労働条件を具体的に明示すべく、労使間の合意の下で作成された規則です。労働契約書が事業者と労働者との労働条件を定めた個別の約束事であるならば、就業規則は事業所全体に適用される労使間のルールブックです。

常時10人以上の船員を使用する船舶所有者は、就業規則を作成し、国土交通大臣に対して届出を行う必要があります。また、届出をした就業規則は、船内及びその他の事業場内に掲示又は備え置かなければなりません。

なお、「常時10人以上」とは、「常態として10人以上の船員を使用している」という意味であり、常勤であるか非常勤であるかは問われません。また、季節営業であってもその営業期間中常に10人以上の船員を使用していれば該当することになります。

就業規則に記載する事項

就業規則には、就業規則を作成する義務のあるすべての船舶所有者がその就業規則中に必ず記載しなければならない絶対的必要記載事項と、制度を定めた場合には必ず記載しなければならない相対的記載事項があります。記載すべき内容については、それぞれ以下のとおりです。

絶対的必要記載事項

  1. 給料その他の報酬
  2. 労働時間
  3. 休日及び休暇
  4. 定員

相対的必要記載事項

  1. 食料並びに安全及び衛生
  2. 被服及び日用品
  3. 陸上における宿泊、休養、医療及び慰安の施設
  4. 災害補償
  5. 失業手当、雇止手当及び退職手当
  6. 送還
  7. 教育
  8. 賞罰
  9. その他の労働条件

労働基準法との対比

船員と一般労働者の違いを明確にするため、ここでは労働基準法における同規定との対比を行ってみることにしましょう。

労働基準法船員法
絶対的必要記載事項始業時刻
終業時刻
休憩時間
休日
休暇就業時転換に関する事項
賃金(臨時のものは除く)の決定、計算方法
賃金の支払方法
賃金の締切り及び支払時期
昇給に関する事項
退職に関する事項(解雇の事由を含む)
給料その他の報酬
労働時間
休日及び休暇
定員
相対的必要記載事項退職金に関する事項
賞与や最低賃金額の定めに関する事項
従業員に食費、作業用品その他の負担に関する事項
安全及び衛生に関する事項 職業訓練に関する事項
災害補償や業務外の傷病扶助に関する事項
表彰及び制裁に関する事項その他の労働条件
食料並びに安全及び衛生
被服及び日用品
陸上における宿泊、休養、医療及び慰安の施設
災害補償
失業手当、雇止手当及び退職手当
送還
教育
賞罰
その他の労働条件
届出先厚生労働大臣(労働基準監督署)国土交通大臣(運輸局)

赤で着色した事項が船員法特有の記載事項です。割とシンプルにまとまっている印象ですが、例えば「定員」が絶対的記載事項に含まれていたり、「食料」や「陸上における宿泊、休養、医療及び慰安の施設」に関する事項が相対的必要記載事項になっていたりと、やはりその特殊な労働環境に即した内容になっています。

船員法の特有規定(抜粋)

船員法は労働基準法と同様に内容が濃密なため、本稿でそのすべてを網羅することは困難ですが、次章では船員法について、労働基準法には存在しない規定の一部を抜粋して紹介したいと思います。

食料の支給

船舶所有者は、船員の乗船中、これに食料を支給しなければならない。 食料の支給は、船員が職務に従事する期間又は船員が負傷若しくは疾病のため職務に従事しない期間においては、船舶所有者の費用で行わなければならない。食料の支給は、遠洋区域若しくは近海区域を航行区域とする船舶で総トン数700トン以上のもの又は国土交通省令で定める漁船に乗り組む船員に支給する場合にあっては、国土交通大臣の定める食料表に基づいて行わなければならない。(略)

(船員法第80条)

船舶所有者に対し、食料の支給を明確に義務付けています。一般企業でいわゆる「まかない」を提供するかしないかは使用者側の自由ですし、提供することを選択した場合であっても、その代金を労働者に支払わせることについては何ら問題は生じません。

長期間の航海を余儀なくされる船員の場合、食料が保障されていなければ、安心して働くことは出来ませんし、そもそも生命を維持することもままなりません。この条文があることによって、例えば「食事抜き」のようなペナルティを設けることはできませんし、食事代金の支払いを強制することもできません。

なお、一定規模以上の規模を有する船舶については、国土交通大臣の定める食料表(下表)に基づいて食料を支給しなければなりません。

食料表
食料表

行方不明手当

船舶所有者は、船員が職務上行方不明となったときは、3か月の範囲内において、行方不明期間中毎月1回、国土交通省令の定める被扶養者に標準報酬の月額に相当する額の行方不明手当を支払わなければならない。但し、行方不明の期間が1か月に満たない場合は、この限りでない。

(船員法第92条の2)

一般企業の就業規則では、なかなかお目にかかることのないタイプの手当です。船員の場合、労務を提供する場所が船上という特殊環境下であるため、このような制度が存在することにも納得させられます。なお、他の手当についても、一般労働者に適用される法定手当よりも優遇措置が講じられています。

送還

船舶所有者は、雇入契約が終了(解除)した(された)ときには、遅滞なくその費用で、船員の希望により、雇入港等まで船員を送還しなければならない。ただし、送還に代えてその費用を支払うことができる。

(船員法第47条)

雇入契約が終了したからといって、遠くの島で放置されたらたまったものではありません。往路と復路は不可分の関係ですので、船舶所有者には、船員をちゃんと送還する義務があることを明文化した規定です。

まとめ

船員法には、労働時間や休日に関する規定など、陸上とは異なる特殊な規定が数多く設けられています。本稿で紹介させていただいた就業規則に関する規定は、あくまでもその一部にしか過ぎません。

モノではなく人に対する規定であることが、船上という一般的には非日常とされる環境下であることと相まって、船員法の特殊性をより際立たせていることは間違いありません。本稿で紹介しきれなかったその他の重要な規定についても、おいおいと解説していきたいと思います。

ここまでお伝えしたように、船員法上の手続きについては、専門的かつ繊細な判断を必要とするケースが多くを占めます。船員法上の就業規則の作成をはじめ、船員や船舶に関するお手続きでお困りの際は、最寄りの運輸局または海事代理士といった専門家に問い合わせることをお薦めしております。

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