マグロでも分かる船員法の解説①【総則編】
船員法は、船員の雇入契約や給料、労働時間、有給休暇などを定めた法律であり、一般労働者で言うところの、労働基準法にあたる法律です。
船員労働には、長時間陸上から孤立し、「労働」と「生活」とが一致した24時間体制の就労があり、かつ、常に動揺にさらされる船内では、危険な作業をともなうなどの特殊性があることから、労働基準法とは異なる規律が必要です。そのため、船員には、厚生労働省が所管する労働基準法ではなく、国土交通省が所管する船員法が適用されます。
他方、一般社会において船員法を意識する機会はほとんどなく、改めてこれを検索しようにも、そもそも詳しく解説した文献はほとんど存在していません。
そこで当サイトでは、「マグロでも分かる海事法令」シリーズとして、「船員法」について深掘りした解説を行うことにしました。本編では、まず船員法全般に通用する一般的・包括的規定である「総則」について解説しています。船員法の基礎となる言葉が頻出する部分なので、しっかりと確認するようにしてください。
★船員法の構成
- 第1章 – 総則
- 第2章 – 船長の職務及び権限
- 第3章 – 紀律
- 第4章 – 雇入契約等
- 第5章 – 給料その他の報酬
- 第6章 – 労働時間、休日及び定員
- 第7章 – 有給休暇
- 第8章 – 食料並びに安全及び衛生
- 第9章 – 年少船員
- 第9章の2 – 女子船員
- 第10章 – 災害補償
- 第11章 – 就業規則
- 第12章 – 監督
- 第13章 – 雑則
- 第14章 – 罰則
- 附則
船員
広い意味で、「船乗り=船員」という解釈は間違いではありませんが、船員法では、法律の適用範囲を明確にする必要があることから、もう少し踏み込んで、「船員」を、「日本船舶又は日本船舶以外の国土交通省令で定める船舶に乗り組む船長及び海員並びに予備船員」と定義しています。(船員法第1条)
このうち、「日本船舶」とは、①日本の官庁又は公署の所有する船舶、②日本国民の所有する船舶、③日本の法令により設立した会社であってその代表者の全員及び業務を執行する役員の3分2の以上が日本国民であるものが所有する船舶、及び
④③の法人以外の法人であって日本の法令により設立しその代表者の全員が日本国民であるものの所有する船舶を指します。(船舶法第1条)
これら日本の船舶や、実質的に日本人が所有する船舶に乗船する船長等が、船員法で言うところの「船員」となるわけですが、その他にも、「日本船舶以外の国土交通省令で定める船舶」として、船員法施行規則において定める、日本国や日本国民に密接に関わる以下の船舶に乗り組む船長等についても、「船員」として、船員法の適用を受けることを明示しています。
- 日本の法人が所有する船舶
- 日本船舶を所有することができる者及び1.の者が借り入れ、又は国内の港から外国の港まで回航を請け負った船舶
- 日本政府が乗組員の配乗を行なっている船舶
- 国内各港間のみを航海する船舶
なお、日本船舶であれ、それ以外の船舶であれ、船舶法上の「船舶」には、そもそも以下の船舶は含まれていません。
- 総トン数5トン未満の船舶
- 湖、川又は港のみを航行する船舶
- 推進機関を備える総トン数30トン未満の漁船であって、専ら「漁具を定置して営む漁業」又は「漁業法第60条第4項の区画漁業又は同条第5項の共同漁業」に従事するもの
- 推進機関を備える総トン数20トン未満の漁船であって、その従事する漁業の種類及び操業海域その他の要件からみて船員労働の特殊性が認められないものとして国土交通省令で定めるもの
- 推進機関を備えない総トン数30トン未満の漁船(他の漁船の附属漁船にあっては、4.の漁船の附属漁船に限る)
- 船舶職員及び小型船舶操縦者法第2条第4項に規定する小型船舶であって、スポーツ又はレクリエーションの用に供するヨット又はモーターボート
要するに、比較的規模が小さいものや、航行区域や用途が限定されているものについては、乗組員の労働環境にも、それほど特殊性が認められないことから船舶法上の「船舶」とはみなされず、これらに乗り組む者についても、「船員」とはみなされません。
海員・予備海員・職員・部員
船員法における「海員」とは、「船内で使用される船長以外の乗組員で、労働の対償として給料その他の報酬を支払われる者」をいい、「予備船員」とは、すでに説明した「日本船舶又は日本船舶以外の国土交通省令で定める船舶」に乗り組むため雇用されている者であって船内で使用されていないものをいいます。
また、船員法における「職員」とは、航海士、機関長、機関士、通信長、通信士、運航士、事務長、事務員、医師及び航海士、機関士又は通信士と同等の待遇を受ける者をいい、「部員」とは、職員以外の海員をいいます。
これらの者及び船長は、日本船舶又は日本船舶以外の国土交通省令で定める船舶に乗り組む限り、船員法上の「船員」として取り扱われることになります。
海員 | 船内で使用される船長以外の乗組員で、労働の対償として給料その他の報酬を支払われる者 |
予備船員 | 日本船舶又は日本船舶以外の国土交通省令で定める船舶に乗り組むため雇用されている者であって船内で使用されていないもの |
職員 | 航海士、機関長、機関士、通信長、通信士、運航士、事務長、事務員、医師及び航海士、機関士又は通信士と同等の待遇を受ける者 |
部員 | 職員以外の海員 |
給料及び労働時間
船員法において「給料」とは、「船舶所有者が船員に対し一定の金額により定期に支払う報酬のうち基本となるべき固定給」をいいます。
この点について、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものを「賃金」と定義している労働基準法とは異なります。
また、船員法における「労働時間」とは、「船員が職務上必要な作業に従事する時間(海員にあっては、上長の職務上の命令により作業に従事する時間に限る)」をいい、この点についても、労働時間を、「労働者が雇用主の指揮命令下で働く時間」とする労働基準法とは異なります。
船舶所有者
船員法における「船舶所有者」とは、単に船舶の所有者(船主)を指すのではなく、「船舶において労務の提供を受けるために船員を使用する者」のことを指します。
労働基準法では、「事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者」を「使用者」としていますが、船員法における「船舶所有者」とは、これに相当するものであり、必ずしも船主と一致するわけではありません。したがって、船舶を所有していない者が、船員法上の「船舶所有者」として取り扱わることもありえます。
例えば、船員派遣業者が船員を使用する場合は、船員派遣業者に船舶所有者の規定が適用されます。
また、船員法の規定及び船員法に基づく命令の規定のうち、船舶所有者に関する規定は、船舶共有の場合には船舶管理人に、船舶貸借の場合には船舶借入人に、船舶所有者、船舶管理人及び船舶借入人以外の者が船員を使用する場合にはその者に適用されることになります。(船員法第5条1項)
★船舶管理人
船舶管理人とは、船舶共有者の代理人として、船舶の利用に関する一切の行為をする権限を持つ者を指します。
(商法第697条)
- 船舶共有者は、船舶管理人を選任しなければならない。
- 船舶共有者でない者を船舶管理人とするには、船舶共有者の全員の同意がなければならない。
- 船舶共有者が船舶管理人を選任したときは、その登記をしなければならない。
★船舶借入人
船舶借入人とは、船舶を貸借する(借りる)者を指し、船舶所有者に関する規定について、船舶所有者の適用を受けます。
ただし、船員法第11章の2(船員の労働条件等の検査等)、第113条3項(海上労働証書又は臨時海上労働証書の掲示)、第130条の2(海上労働証書又は臨時海上労働証書の交付等に関する違反行為に対する罰則)、第130条の3(海上労働証書又は臨時海上労働証書の返納命令に違反したときの罰則)、第131条第6号(海上労働証書等の備置きの義務規定に違反して特定船舶を国際航海に従事させたときの罰則)及び第135条1項のうち第130条の2、第130条の3又は第131条第6号の違反行為に係る部分(船舶所有者の代表者、代理人、使用人その他の従業者が船舶所有者の業務に関し違反行為をしたときに、船舶所有者に対しても科される罰金刑)の規定並びに第11章の2の規定に基づく命令の規定のうち、船舶所有者に関する規定は、船舶共有の場合には船舶管理人に、船舶貸借の場合には船舶借入人に適用され、船舶管理人及び船舶借入人以外の者が船員を使用する場合におけるその者には適用されません。(船員法第5条2項)
労働基準法の適用
労働基準法第1条から第11条まで(労働条件の原則、労働条件の決定、均等待遇、男女同一賃金の原則、強制労働の禁止、中間搾取の排除、公民権行使の保障、労働者・使用者・賃金の定義)、第116条第2項(同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人についての法律の適用除外)、第117条から第119条まで及び第121条(一部の罰則)の規定は、船員の労働関係についても適用があるものとされています。
逆に言えば、これら以外の労働基準法の規定は、船員にはすべて適用されないことになります。
まとめ
ここではまず、船員法が、「誰」に対して、「どのような場面」で適用されるのかを理解するため、「船舶」、「日本船舶」、「船員」、「船舶所有者」の定義をしっかりと把握するようにしてください。併せて労働基準法も読み込むと、対比することが出来て、海事特有の面白い世界観が垣間見れて楽しく学べるように思います。
理解が進めば、決して難しい法律ではないので、本稿が海事法令を理解する一助となれば幸いです。