日本の船に「丸」が多い理由

富嶽三十六景 東海道江尻田子の浦略図
葛飾北斎 「富嶽三十六景 東海道江尻田子の浦略図」

日本の船にはなぜか「丸」のつくものが多く存在し、海外でも「マル・シップ」として広く認知されています。恐らく船名の由来について深く考える機会も少ないとは思いますが、もし海外の友人にその理由を問われた場合、皆さまはちゃんと説明ができますか?

まぁそのシチュエーション自体がレア中のレアなわけですけども。

そこで今回は、日本船舶の船名になぜ「丸」がつくようになったのか、その由来について興味深い説を選りすぐってご紹介していきたいと思います。

「丸」の歴史

帆船のイラスト

平安時代の書物の中に「坂東丸」という船名の船が登場するなど、歴史的には10世紀頃からすでに「丸」のつく船名が頻繁に使われていたことを確認することができます。

語源については次章に譲りますが、そもそも船舶の名称については末尾に「丸」を付すことが法規範により推奨される時代もありました。明治期に制定された船舶法取扱手続がこれに当たりますが、この規範中には「船舶ノ名称ニハ成ルベク其ノ末尾ニ丸ノ字ヲ附セシムベシ」と明記した項を確認することができます。

「成ルベク」という表現なので本来であれば強制力はありませんが、制定された時代背景を考慮すると、それなりの強制力があったことは想像に難くなく、これが明治以降の日本商船の船名に「丸」が多くなった大きな理由であることは間違いないでしょう。

なお、この項は平成13年には削除されているため、皆さまが船舶を新たに命名する際には、特に「丸」をつける必要はありませんのでご安心ください。

「丸」の語源

古文書のイメージ
※古文書のイメージ

「麿(まろ)」転化説

船名に付された「丸」の語源について語るとき、最も代表的な説がこちらの「麿(まろ)」転化説です。

一般的に「麿(まろ)」と言えば高貴な人物が一人称として使用するイメージですが、このように元々自分のことを「麿」と言っていたものが、「柿本人麿」のように敬愛を込めて人名にも取り入れられるようになり、それがさらに愛犬や愛刀など愛するものや愛用品の愛称として広く転用されはじめ、やがては船名にも使用され、その過程において「麿」が「丸」に転じていったという説です。

引眉で扇子を手に蹴鞠をしているイメージの「麿」ですが、こういった意味合いもあったことには驚かれる方も多いのではないかと思います。おじゃる

城郭説

船を城と見立てて、「本丸」「一の丸」といった城の構造物を呼ぶときの「丸」を船の名称にも付したという説がこちらです。

そもそも城郭の「丸」自体の由来が不明ですし、ここに列挙した諸説をその由来とする解釈も成り立つので、個人的にはそこまで信憑性のある説だとは思われません。

日本丸説

豊臣秀吉が朝鮮半島に出兵した際の旗艦が「日本丸」であったことから、これに追従する形でこぞって船名に「丸」を命名しはじめたのが起源であるとする説です。

歴史上の著名人が絡む説はロマンがありますが、平安時代には既に「丸」が存在していたことを鑑みると、起源とは考えにくいのが正直なところですね。ただし、もしかしたら「丸」の普及に一役買ったという事実はあるのかもしれません。

問丸(といまる)説

古くは問屋のことを問丸と呼んでいたそうですが、この問丸が所有する船にも丸を使用するようになったのが起源であるとする説です。

なかなかイメージしづらい説であり、そもそもなぜ「問丸」と呼ばれていたのかも不明なため、思考がループしてしまいそうになります。

神話説

海の神である志賀海神社の祭神である阿曇磯良(阿曇磯良丸)に由来するという説です。また、中国の神話に登場する船造りを人間に教えた「白童丸」という神を由来とする説も存在しています。

朝鮮語説

朝鮮語では官庁のことを「マル」と発音するため、朝鮮の船をそう呼んだことが起源であるとする説ですが、個人的には少し強引なこじつけのような気がします。

魔除け説

平安時代、「丸」は「糞」の意味として使用されていました。今でも子供用の便器を「おまる」と呼んでいるのはこの名残りであるとされています。そして鬼や魔物は、においに弱いとされており、これらからもたらされる災いを避けるためにあえて「丸」という語を船名にも使用するようになったというのがこの説です。

何となく平安時代の雰囲気にマッチしているように感じますし、他の「丸」の語源にも当てはまりそうな気がするため、個人的には一押しの説です。

その他

人格説、境界説、たらい説、その他の諸説があり、その中には興味深く面白い説もありますが、ここから先は興味を持っていただいた皆さま自身の探究心にお任せすることにいたします。

※おまけ

海外の船名について調べてみると、各国のお国柄が垣間見えてさらに面白くなります。例えばアメリカでは人名、ヨーロッパでは人名に加えて地名、ロシアではコードネームを船名に使用することが多いようです。

まとめ

普段あまり意識しない事柄でも「そういえばどうなの」という知的探究心に駆られる瞬間がたまらなく好きです。知っていても特に何の恩恵も与えられませんが、これからもこういった「そういえば」を楽しめる投稿を継続していきたいと思います。

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