はじめまして。海事代理士の阪本です。

ありきたりな挨拶ですが、相手方の大多数に不思議そうな表情を返されるのが海事代理士のお約束です。行政書士や税理士等、いわゆる「8士業」といわれる士業にあって、最も知名度が低いであろうこの資格ですが、そこを逆手に取って会話の糸口にするのが海事代理士ならではの裏技だったりもします。

世間ではメジャー士業について、「稼げる士業」やら「食えない士業」やら、様々な議論が交わされる一方で、海事代理士はその俎上にすら上がることもありません。素直に言えば、もう少し認知されても良いのではないかというのがわれわれ海事代理士の本音です。

そこで本稿では、海事代理士の知名度向上のために、本物の海事代理士しか知り得ない情報も交えながら詳しく解説していきたいと思います。

海事代理士とは

海事代理士法第1条では、海事代理士について、他人の委託により、別表第一に定める行政機関に対し、別表第二に定める法令の規定に基づく申請、届出、登記その他の手続をし、及びこれらの手続に関し書類(その作成に代えて電磁的記録を作成する場合における電磁的記録を含む)の作成をすることを業とする。と定めています。

別表第一と別表第二の内容はそれぞれ以下のとおりであり、定められた行政機関に対し、定められた法令上の手続きをし、又はこれらの手続きに関する書類の作成を反復継続して行うことを業務とするのが海事代理士ということになります。

別表第1
  1. 国土交通省の機関
  2. 法務局若しくは地方法務局若しくはこれらの支局又はこれらの出張所
  3. 都道府県の機関
  4. 市町村の機関別表
別表第2
  1. 船舶法
  2. 船舶安全法
  3. 船員法
  4. 船員職業安定法
  5. 船舶職員及び小型船舶操縦者法
  6. 海上運送法
  7. 港湾運送事業法
  8. 内航海運業法
  9. 港則法
  10. 海上交通安全法
  11. 造船法
  12. 海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律
  13. 国際航海船舶及び国際港湾施設の保安の確保等に関する法律(国際港湾施設に係る部分を除く)
  14. 領海等における外国船舶の航行に関する法律
  15. 前各号に掲げる法律に基づく命令

たとえば、船舶法(及びこれに基づく命令)に基づき法務局に対して行う船舶登記や、海上運送法に基づき国土交通省に対して行う旅客不定期航路事業許可申請は海事代理士の業務範囲になりますが、遊漁船業法に基づく遊漁船業登録は、別表二に遊漁船業法が定められていないことから、海事代理士の業務範囲ではありません。

なお、単に「他人の委託により」とされていることから、有償であるか無償であるかを問わず、本人であるか代理権を付与された弁護士である場合を除き、海事代理士の業務範囲に属する業務を、海事代理士以外の者が行うことは禁じられています。

海事代理士になるには

海事代理士になるためには、海事代理士試験に合格し、海事代理士として登録する必要があります。また、「行政官庁において10年以上海事に関する事務に従事した者であって、その職務の経歴により海事代理士の業務を行うのに十分な知識を有していると国土交通大臣が認めたもの」についても、登録を受けることにより海事代理士となることができます。

他方、たとえこれらの資格を満たす場合であっても、以下の欠格事由(海事代理士法第3条)に該当する者は、海事代理士の登録を行うことができません。

  • 未成年者
  • 禁錮以上の刑に処せられた者であって、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなってから2年を経過しないもの
  • 国家公務員法、国会職員法、地方公務員法の規定により懲戒免職の処分を受け、当該処分のあった日から2年を経過しない者
  • 海事代理士法第25条第1項の規定により登録の抹消の処分を受け、その処分の日から5年を経過しない者
  • 精神の機能の障害により海事代理士の業務を適正に行うに当たつて必要な認知、判断及び意思疎通を適切に行うことができない者

なお、特筆すべき点としては、士業団体に強制加入する必要がある他士業とは異なり、国土交通省(各地方運輸局)への登録をもって海事代理士の業務を取り扱うことが可能となることが挙げられます。

登録免許税は3万円であり、任意団体である日本海事代理士会(外部サイト)に入会しない限りは、その後も会費等は一切かかりません。

海事代理士試験

海事代理士試験には、学歴、年齢、性別等による制限は一切なく、誰でも受験することが可能です。また、試験は筆記試験と口述試験の二次構成となっており、例年9月下旬から10月初旬に筆記試験、これに合格した者についてのみ12月初旬に口述試験が行われます。

筆記試験

筆記試験は、一般法律常識(概括的問題)及び海事法令(専門的問題)から出題され、全20科目合計240点満点のうち、60%の正答である144点以上の得点が合格基準となります。(ただし、全科目受験者の平均正答率が60%を超えている場合には、平均正答率以上の得点の者のみが合格となります。)

一般法律常識憲法、民法、商法(第3編「海商」のみ)
海事法令国土交通省設置法、船舶法、船舶安全法、船舶のトン数の測度に関する法律、船員法、船員職業安定法、船舶職員及び小型船舶操縦者法、海上運送法、港湾運送事業法、内航海運業法、港則法、海上交通安全法、造船法、海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律、国際航海船舶及び国際港湾施設の保安の確保等に関する法律(国際港湾施設に係る部分を除く)、領海等における外国船舶の航行に関する法律、船舶の再資源化解体の適正な実施に関する法律及びこれらの法律に基づく命令
試験地
札幌市北海道運輸局
仙台市東北運輸局
横浜市関東運輸局
新潟市北陸信越運輸局
名古屋市中部運輸局
大阪市近畿運輸局
神戸市神戸運輸監理部
広島市中国運輸局
高松市四国運輸局
福岡市九州運輸局
那覇市内閣府沖縄総合事務局

口述試験

口述試験は、筆記試験合格者及び前年の筆記試験合格者で本年の筆記試験免除の申請をした者に対してのみ行われます。試験は国土交通省本省で試験官との対面方式で行われ、海事法令(船舶法、船舶安全法、船員法、船舶職員及び小型船舶操縦者法)の中からランダムで出題されます。

合格率・難易度

筆記試験の合格率は例年50%前後で推移していますが、口述試験は試験年度によって90%を超える年もあれば、60%程度にとどまる年もあります。筆記試験と口述試験とを合わせた全体の合格率は40%前後とされています。

勉強法については、受験者数が少ないことから専門で受験対策をしてくれる予備校も少ないため、独学が基本になるように思います。専門書や教材も決して多くはありませんが、インターネットでいくらでも注文できる時代なので、これらを揃えることは特に問題ないように思います。

また、過去問が繰り返し出題される傾向にあるので、まずは国土交通省のウェブサイトから過去問を入手してどのような問題が出題されるかについては、しっかりと確認するようにしましょう。

体験記

受験者の多くが行政書士や司法書士等の有資格者であるため、単純に合格率のみをもって難易度をはかるのは難しいと思います。筆記試験に関してはマークシート方式ではなく記述式なので、何となく覚えている状態ではうっかりミスをしてしまうことも考えられますが、行政書士の本試験と比較すればやさしい試験であることは間違いありません。

他方、口述試験については、出題傾向が掴みづらく対策が難しいことに加え、国土交通省本省という特殊な場所における試験官との対面形式という特異な空間であることから、独特の緊張感とプレッシャーがあります。筆記試験の範囲を叩き込み直すとともに、事前にしっかりと口述の練習をしておいた方が良いでしょう。

海事代理士の業務

海事代理士の業務については先に述べたとおりですが、具体的に携わる主な業務は以下のとおりです。

船舶に関する手続き船舶の建造、売買、相続から廃船に至るまでの登記、登録、検査及び検認の手続き
海洋環境や安全に係る国際条約による証書類の取得等
船員や海技資格に関する手続き船員の雇用や労働を律する船員法関係諸手続き
海技士や小型船舶操縦者などの海技資格の取得や更新の手続き
海上交通に関わる各種事業に関する手続き旅客船事業、船舶による貨物運送事業、港湾荷役や造船業等、各種事業の許認可・登録等の取得の手続き
その他の業務船舶を安全に操縦するために必要な免状の申請
大型船舶の建造、売買、相続などで必要となる登記手続
船員手帳の交付や書換
乗組員の雇入届出や海難事故等の報告事務
旅客船事業、船舶による貨物運送事業、港湾荷役や造船業などの許認可、登録等に関わる手続等

まとめ

海の法律家という特殊な立ち位置であるため、おそらくは行政書士等の他士業よりも、その実務をイメージしにくいのは致し方ないことのように思います。一般認知がされてない以上、新規で業務を受注するのは厳しい業界であるというのが正直なところですが、限定された独占業務があるからこそ活躍の場もまだまだあるのではないかとも思います。実際に業務はそれなりに増えており、海事代理士自体が少ないことから、業務単価も高い傾向にあり、受注範囲は全国に及びます。

時折新人さんから海事代理士の仕事の取り方や業務の勉強方法について質問を受けることがありますが、それも含めて海事代理士の醍醐味として考えます。仕事は少ないながらも間違いなくあります。

あいつ、船に詳しいらしいよ?

他者とは異なる専門性を認められるわけですから、こう思われたらしめたものです。