船長 vs 機長│こんなに面白い海事法令の世界
以下は船舶という特殊な環境下における「船長」の強大な権限を例にとり、陸上とは異なる海事法令の面白さをお伝えする趣旨で発信する当サイト屈指の人気記事です。
この記事が意外に好評を得ることに成功したことに味をしめたので、乗っかる形で続編を投稿させていただこうと思います。
鉄は熱いうちに打て。
船長vs機長。ひとたび地上を離れれば船舶も航空機もどちらもひとつの要塞です。両者の法令上の違いとは何か、どちらの権限がより強大なのか、興味はつきることがありません。
茶化す意図はまったくありませんが、普段意識することのない法令を通して改めてこの2つの業界を知っていただきたいと思ったのが本稿の趣旨になります。ただし狙うとスベる傾向にあるのでその点は生暖く見守っていただければ幸いです。
海 vs 空
私は海事代理士ですが、「空事代理士」なる資格は存在しません。「船員保険」は現存しますが、「パイロット保険」という名の社会保険は存在していません。船員がほとんど適用除外となる労働基準法もパイロットはしっかりとその適用範囲内です。
これは勝負あったかも。
また、船長陣営には麦わらさんをはじめ、ジャック・スパロウ、宇宙戦艦O艦長といった武骨な面々がそろい踏みする一方で、パイロット陣には、木村さんやクルーズさん、脇を固めるのが柴咲さんだったりするわけです。
スタイリッシュ!
ちなみに私のパイロットのイメージはいまだに風間さんと片平さんだったりします。(大映ドラマ好き昭和世代)
機長とは
機長とは言わずと知れた航空機の最高責任者です。航空機を管理する企業体が選任し、そして当然ながら基本的には民間人です。この辺りに船長との違いは存在しませんが、航空法には以下のような条文が存在しています。
航空運送事業の用に供する国土交通省令で定める航空機には、航空機の機長として必要な国土交通省令で定める知識及び能力を有することについて国土交通大臣の認定を受けた者でなければ、機長として乗り組んではならない。
(航空法 第72条第1項)
一方で船員法にはこのような規定はありません。航空法と船員法という両者を律する基本法にのみ着目すれば、要件の厳しさという意味では一旦機長に軍配が上げることにしましょう。
機長の権限
機長は、当該航空機に乗り組んでその職務を行う者を指揮監督する。
(航空法第73条第1項)
機長は、航空機又は旅客の危難が生じた場合又は危難が生ずるおそれがあると認める場合は、航空機内にある旅客に対し、避難の方法その他安全のため必要な事項(機長が前条第一項の措置をとることに対する必要な援助を除く。)について命令をすることができる。
(航空法第74条)
機長の乗員に対する指揮監督権は当然として、危難という限定的な条件下であれば、避難の方法その他安全のため必要な事項について旅客に対しても命令をすることができるものとされています。これに対して船員法では、船長について以下のように規定しています。
船長は、海員(乗組員)を指揮監督し、かつ船内にある者に対し、自己の職務を行うのに必要な命令をすることができる。
(船員法第7条)
機長の旅客に対する命令権が限定的であることに対し、船長はあくまでも「自己の職務を行うのに必要な場合」という主観的事情により旅客に対しても命令権を有することが明示されています。ここは船長に軍配を上げることにしましょう。
船長は、船内規律を守らない海員を懲戒することができる。懲戒には上陸禁止と戒告の2種がある。
(船員法第22、23条)
船長の昭和の上司的な権限を認めるこちらの条文に対応する航空法の規定はさすがに見当たらず、加えて船員法には船員の規律事項として私の学生時代を彷彿させる以下の条文にたどり着くことができました。
1 上長の職務上の命令に従うこと
2 職務を怠り、又は他の乗組員の職務を妨げないこと
3 船長の指定する時までに船舶に乗り込むこと
4 船長の許可なく船舶を去らないこと
5 船長の許可なく救命艇その他の重要な属具を使用しないこと
6 船内の食料又は淡水を濫費しないこと
7 船長の許可なく電気若しくは火気を使用し、又は禁止された場所で喫煙しないこと
8 船長の許可なく日用品以外の物品を船内に持ち込み、又は船内から持ち出さないこと
9 船内において争闘、乱酔その他粗暴の行為をしないこと
10 その他船内の秩序を乱すようなことをしないこと
(船員法第21条)
このご時世、一般企業なら確実にブラック企業案件です。こちらについても航空法上に対応する条文はなく、その代わりとして2019年に設定された飲酒基準とそれに基づくアルコール検査の義務化に関する規定を発見することができました。
機長は、航空機内にある者が、離陸のため当該航空機のすべての乗降口が閉ざされた時から着陸の後降機のためこれらの乗降口のうちいずれかが開かれる時までに、安全阻害行為等をし、又はこれらの行為をしようとしていると信ずるに足りる相当な理由があるときは、当該航空機の安全の保持、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産の保護又は当該航空機内の秩序若しくは規律の維持のために必要な限度で、その者に対し拘束その他これらの行為を抑止するための措置をとり、又はその者を降機させることができる。
(航空法第73条の4)
上記の条文を要約すると、安全阻害行為等をする者又はしようとしているであろう者に対して、拘束その他の措置をとり、又は航空機から強制的に降ろすことができることを明示する規定です。ちなみにここで言う安全阻害行為等とは以下の行為を指します。
航空機内にある者は、当該航空機の安全を害し、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産に危害を及ぼし、当該航空機内の秩序をみだし、若しくは当該航空機内の規律に違反する行為をしてはならない。
(航空法第73条の3)
これらの規定に対応する船長の権限がこちらになります。
船長は、海員が船内にある者の生命、身体又は船舶に危害を及ぼすような行為をしようとする海員に対し、その危害を避けるのに必要な処置をすることができる。必要があると認めるときは、旅客その他船内にある者に対しても、これらの処置をすることができる。
(船員法第26、27条)
類似した規定ではあるものの、具体性のある機長の権限と比較すると、どうしても「必要な処置」という文言とその範囲が気になるところではあります。
まとめ
海上と空中という特殊な環境下であることから、両者は常に危険と隣り合わせの職業人です。それゆえ各々に特有の規定が存在することは必然のように思われます。規律が保たれるからこそ利用者である我々の安全が保障されるわけですから、ここは両キャプテンに対して頭が下がる思いです。
歴史が長いせいか、船舶の方により特殊性を感じたのが率直な感想でもあります。やはり船長は強い。機会があれば次回は宇宙船の船長との比較も取り上げてみたいと思います。いやまぁかなり暇なときにですけど。笑